アジア通貨危機(アジア金融危機)は1997年にタイから始まりました。
”アジア”と名前がつくくらいですから多くの国が被害を被ったのですが、その国は、タイを筆頭に、マレーシア、インドネシア、韓国、中国、台湾と広範囲に渡りました。
また、日本は直接的な被害はなかったものの、これらの国に対しての輸出産業を持っていたので、間接的に影響はありました。
アジア諸国に対しての支援金などで財政的な痛手を受けました。
アメリカでもダウ平均が7%下がり、ニューヨーク証券取引所が一時的に取引停止になるなどその影響は世界を巻き込んだものになりました。
タイを狙ったヘッジファンド
このアジア通貨危機のきっかけはタイでしたが、そのタイで何が起こったかというと、ヘッジファンドに狙われてしまったのです。
もっと昔にもポンド危機なんてありましたが、似たような感じです。
⇒ポンド危機はイングランド銀行VSジョージ・ソロス率いるヘッジファンド
当時のタイは変動相場制ではなく、固定相場制でした。
結果的には為替変動リスクを軽視していたと見られています。
ドルに連動して動くドルペッグ制を導入しており(当時自国の経済が弱い国が導入していた)、1995年あたりからドル高が進んでいた背景がありました。
固定相場制でしたので、ドルが上がればタイの通貨バーツも上がるようになっていたのです。
ただし、実態とかけ離れた高値にあるのではないか?とヘッジファンドが目をつけ、大量にショート(売り浴びせ)をしました。
そして、ついにタイは固定相場制を放棄し、変動相場制を導入する事になります。
しかし、これが更なるアジア諸国への混乱をもたらし、インドネシアや韓国などの通貨暴落、信用不安を引き起こしました。
同時にこれらアジアの新興国は海外からの活発な投資を受け入れる事で成長していましたが、このアジア通貨危機をきっかけに投資マネーの引き上げを食らう事になってしまったのです。
まさに経済が混乱するというイメージですね。
国際通貨基金などの支援により混乱は収まる
世界的な大混乱に陥ったアジア通貨危機ですが、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、アジア開発銀行等の組織が協調して支援策を決定する事で、問題は解決に向かいました。